葵的道楽日記

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zoom RSS 好きな歴史上の人物(10)

<<   作成日時 : 2008/11/15 20:52   >>

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 1年以上もブログやってて、
 まだ10回目です
 でも、誰も待ってないからいいのだ〜
 それはそれで淋しいんですが…

 さて、記念すべき(?)
 10回目は誰にしようか…。
 雑賀孫市にしようか
 ミケランジェロにしようか
 なんて思ってましたが、
 そういえばまだ書いていない

 織田信長で!!

 私の大好きな戦国時代を語る上で
 はずせない男だわ…。
 なんで書いてなかったんだろ?

 信長年表

 1534 信秀の子として生まれる。幼名:吉法師

     (長男ではないです。兄がいたのはたしかなんですが、
      二人いて三男説とひとりで次男説があります。
      どちらにせよ、側室の子なので嫡子として育てられます
      兄の名は信広と安房守某。この安房守某の信憑性があるのかないのか)

 1546 元服。三郎信長と名乗る
 1549 濃姫と結婚
 1551 父・信秀死去。家督相続
    
     (“おおうつけ”と呼ばれていた信長が
      葬式で焼香用の香を仏前に投げつけた話は有名すぎるぐらい有名。
      これを見た教育係の平手政秀が割腹自殺する話も有名ですが、
      実際は信長の態度は全く改まらなかったという説もあります。)

 1553 斉藤道三と会見

     (“信長公記”では1553年とされてますが、
      一般的には1549年=結婚した年とされている)

 1557 弟・信勝暗殺
 1559 初上洛・将軍足利義輝と面会
 1560 桶狭間の戦い
 
     (2万強とも4万ともいわれる圧倒的な兵力vs3千の不利な戦い
      戦場に行く前に熱田神宮で裏表の銭を投げる話とか
      社殿の中で轡を鳴らして神明がどうのとか
      って話はもちろん、フィクションです。
      情報収集がいかに大事かという戦でもあると思う)

 1567 美濃を攻め落とす
 
     (『天下布武』という印判を
      使い始めたのはこの頃からと言われています)

 1570 姉川の戦い

     (浅井・朝倉と本願寺、さらに比叡山延暦寺も手を結び、
      信長は徳川家康と同盟を結ぶ)

 1571 比叡山延暦寺焼き打ち。皆殺し。

 1573 足利義昭が二度の挙兵

     (信長は真木島城の戦いでこれを撃破
      義昭を京から追い出し、
      室町幕府は200年の歴史に終止符を打つ)
      
 1575 長篠の戦

     (鉄砲隊で無敵と呼ばれた武田の騎馬隊を撃破。
      武田側も信玄の時代から鉄砲の重要性には気づいていたらしいのですが、
      当時の鉄砲の生産地は近畿
      その近畿は信長がおさえていたため大量に入手することが困難で
      なおかつ、当時の武田軍は武器の購入は自己負担=家臣もち
      だったので、結局騎馬隊に頼らざるをえなかった
      という話もあります)

 1582 本能寺の変

     (明智光秀の謀反。
      怨恨説が有力ですが、秀吉にたぶらかされたとか
      色々あるのが面白い。
      光秀はとっても真面目なというか優等生なイメージがあるので、
      多少の恨みはあったとは思いますが…。
      信長の死体が出てきてないってとこもロマンが…)

 49歳という人生が、
 これだけ濃くても、
 本人にとっては、
 まだまだやりたいことがいっぱいあったんじゃないかと
 思う。

 仏教が大っ嫌いだった信長。
 でも、キリスト教には友好的。

 それは、仏教をおさえるためだけじゃなく
 当時の宣教師たちが、
 近代的科学知識の所有者で
 天文・地理・暦学の知識が、
 新しモノ好きな信長を満足させたから

 と、
 海音寺潮五郎先生はおっしゃっている。
 私もこれはアリだと思います。

 残虐なこともいっぱいしている信長ですが、
 その反面、

 謙信と信玄には

 ビックリするぐらい平身低頭

  
 自分より格上と認めていた二人。
 確かに兵力を見ても
 よく訓練されたこの二人の国の兵士に比べると
 尾張兵は、まぁ弱い。
 
 最初は疑ってた謙信と信玄も、
 あまりにも褒められ、
 贈り物をされるのでコロッといっちゃうんですよね〜。
 信長の根気勝ちか?

 信玄なんか、
 勝頼に嫁いだ信長の養女(妹が美濃苗木の城主遠山家で生んだ子)
 が産んだ子を

 俺の孫で、信長の孫だ!     

 と寵愛。
 信勝と名づけられたこの孫を
 跡継ぎに!!!
 勝頼とばして…。
 
 そういや、信長って
 子供やら妹やら使って
 政略結婚をバンバンさせている気がする…。

 でも、この時代には仕方のないことです。

 信長については、
 まだまだ面白い話もあるんですが、
 宣教師が連れてきた黒人を気に入って
 自分の側においていたとか。

 もう3時間もPCに向かって
 まとめようと必死なのでこの辺で…。

 合理的だけど、
 新しいものが大好きだった信長が
 私は好きです。
 あと、神様とか全く持って信じてないところとか。

 
 人間五十年

 下天のうちをくらぶれば

 夢まぼろしの如くなり
  
 ひとたび生を受け

 滅せぬもののあるべしや
 


 いつぞやの大河で
 反町隆史がこの敦盛をやってたんですが…
 あれは酷かったという記憶がある。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
あらあらん、「たまには過去を〜」と一緒で、こっちも結構楽しみにしてるヤツがここに約一名(笑)

信長好きだとは知らなんだ!分からんのやけど、自分の中では勝手に三国志の曹操と同じイメージがある信長様です♪ 

信長のことも、色々と謎の部分が多いし、いろんな書物読んでたら楽しいんだけど、わしは結構女性にも注目してしまうので、濃姫がどうなったかがすっごい気になるのよね。好きなのよ、濃姫。最後まで付き従ったって説と、殺されたって説と色々あるし。

本能寺の変の際、一人だけ女性の死体があったって話も聞いたことがあるんだけど、「最後まで付き従った」という説を信じたいな☆

記事面白かったー☆次も期待してまする♪
ちぃ
2008/11/16 03:55
葵さんこんにちはっ!
すごーい、私は「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」で葵さんらしい人だと思うのですが(むしろ今まで出てきてなかったのが不思議なくらい笑)容赦ない信長が「新しモノ好き」や、「キリスト教には友好的」あたりが衝撃的でした。はっ!そういえば確かに宣教師と信長という接触はけっこう読んだことがあるかもしれません!(読み流していましたが←殴)
 記事、めちゃくちゃ楽しかったですv年表もあったのでおさらいしながら振り返れましたしv(桶狭間とか有名な戦い忘れてましたよ笑)
 ラストの言葉に感動していた矢先に反町へのツッコミ(笑)読み手をフヌケにさせておいて最後にアレ(どれ)で締めるというあなたのドS加減がよぉくわかりました(笑)
 
ぶなしめじ
2008/11/16 15:34
>ちぃ様
ンマーありがと☆
ちぃだけよ、楽しみにしてくれてるのは…

いやいや、私の戦国時代好きは、信長がスタートよ!!信長を好きになってなかったら、多分戦国時代にハマるのはもっと後やったと思うよ

確かに曹操と重なるね。曹操も儒教を嫌って五斗米道は許可したし。

あぁ、確かに濃姫って、結婚したときしか名前が出てこんもんね!!私もそこは気になる…。
最期まで一緒におったのか、その前に亡くなったのか…。

歴史ってこういう謎な部分が浪漫よね〜。

面白かった?良かった…ちぃみたく好きな人に評価していただけると素直に嬉しいです。

2008/11/16 21:09
>ぶなしめじ様
こんばんは!!ドSな葵です(苦笑)

楽しんでいただけて良かったです。こっそり自己満足で書いてるシリーズの割には今回カウンターがそれなりに回ってて改めて信長公の凄さを感じております(笑)

そう!『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』なだけじゃないんですよ!!待ったり(信玄・謙信に対する腰の低さとか)鳴かせたりもできる人なのです。そして新しいもの大好き!!
でも、神様は信じない男…かっこいい…。


2008/11/16 21:14
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